2010年3月14日日曜日

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リビドーについて書く。
リビドーとは一般的に性的欲望と認識されているが(フロイト)、それをユングは人間の全ての欲望に向かうための心的エネルギーであると捉えた。
このユングのリビドーについての概念を捉え、自己の欲望分析を行うと、大きく分けて、知識欲と行動欲の2つのリビドーが基になっている事を発見した。そしてリビドーを、スピーカーなどについてるボリュームのつまみ、0〜100%調節が効くつまみに例えてみた。2つのリビドーのつまみが俺の乳首についていようといなかろうとどうでもいいが、そのつまみは双方とも100%になることはなく、また双方とも0%になることは危険な状態である。そして双方50%以上を持続させることで安定した精神状態をコントロールすることができる。
知識欲=インプットには、読書、映画鑑賞などのなにかを鑑賞すること、会話などが属する。行動欲=アウトプットには、表現欲、性欲、デザインすること、会話などが属する。会話は聞く(知識欲)、話す(行動欲)ことが両方含まれるため、双方に属する。
例をあげれば、絵を描いている(表現欲)ときに、集中して論文一冊読み込めることはできない。どんなに頭の回転が早い人間でも切り替えなければ実現されない。この切り替えが無い状態が双方100%の状態である。切り替えの早さが最も要求されるエネルギーは会話という最も簡単なコミュニケーション手段であるだろう。
人によってこのリビドーのつまみの数は様々だと思う。ひとつだけの人もいるし、何個もついている人もいる。 自分の状態を理解、分析を行い、其の都度つまみの調整が行えればいいんだが、そう簡単なものでもない。乳首がそのボリュームスイッチなら、常に俺はいじってるだろう。だいたい男の乳首の存在意義として、そういう機能くらいついていて欲しいものだ。鍛える事で身につけられるなら、そうしたい。



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